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広島地方裁判所 昭和39年(ヨ)292号 判決

申請人 石田武男

被申請人 日本放送協会

主文

申請人の本件仮処分申請を却下する。

申請費用は申請人の負担とする。

事実

申請人代理人は「被申請人は申請人を被申請人の雇傭する芸能員として取扱い、かつ申請人に対し昭和三八年四月一日以降一月金四〇、六八一円を毎月二八日限り仮に支払え。申請費用は被申請人の負担とする。」との判決を求め、申請の理由として、次のとおり述べた。

一、被申請人は放送法第八条によつて設立された法人であり、同法第九条所定の国内放送業務の外、放送番組編集上必要な劇団、音楽団等の維持養成、または助成等の業務を行つているものであり、申請人は昭和二四年四月から被申請人に雇傭され、被申請人広島中央放送局管絃楽団の団員として勤務し昭和三八年三月当時一月平均四〇、六八一円の賃金を毎月二八日限り支払いを受けていたものであり、かつ、被申請人に雇傭されている楽団員、劇団員、合唱団員等の芸能員によつて組織されている日本放送協会芸能員労働組合(以下日芸労という)の組合員である。

二、被申請人は申請人に対し昭和三八年一月三〇日申請人の技能が著しく低下したとの理由により同年三月三一日限り解約する旨の意思表示をした。ところで、右解約予告の意思表示は、従前被申請人と申請人ら芸能員との間で一年毎に反覆更新されてきた出演契約を、申請人については昭和三八年四月一日以降更新しない旨の意思表示であり、実質的な解雇と解されるところ、右解約の意思表示はつぎの(一)(二)により無効である。

(一)  申請人は日芸労の前身である広島放送芸能員組合の結成について主導的役割を果し、当初から執行委員となり、昭和二八年から昭和三四年までは執行委員長として日芸労の結成のため活躍し、日芸労結成後は中央執行委員として被申請人との団体交渉には常に出席して組合のために活動していたところ、被申請人は右のような申請人の活動を嫌悪し、申請人を解雇する機会を窺つていたが、昭和三五年五月には些細な理由で申請人を解雇したもののこれは昭和三六年七月地労委の救済命令により目的を遂げなかつた。そこで、被申請人は、昭和三七年四月から従来被申請人と芸能員との契約がいわゆる優先出演契約であつたのを一方的にいわゆる回数出演契約に改めるとともに、芸能員全員に対し技能評価受審義務を負わせ、技能評価の結果技能が著しく低下したと認めた者は解約できるとの契約条項を押しつけた。そして、被申請人の右技能評価実施は組合活動家を排除するための手段としてなされたものである。すなわち、広島中央放送局の芸能員に対して昭和三八年一月一〇日実施された技能評価の審査方法は、課題曲として全曲約四分程度のものを使用し、一一名編成の楽員に合奏させ、曲の中途で約一八秒間程度の各個人の独奏部を演奏させてテープに録音し、右録音テープは東京において、被申請人が定めた審査員によつて審査されたものであり、このような短時間の演奏によつて個人の技能程度を適確に判断することは到底不可能であるにかかわらず、被申請人は申請人に対して、右技能評価実施の日からわずか二〇日後の同年一月三〇日に本件解約予告をしたものである。

以上のとおり、技能審査は解約の口実を設けることのみを目的として実施されたものであり、被申請人の本件解約の意思表示は、申請人の組合活動を排除する目的でなされたもので、不当労働行為として無効である。

(二)  本件解約予告の意思表示が不当労働行為でないとしても、申請人の技能は被申請人が主張するように著しく低下していず、申請人は被申請人の芸能員としての職責を充分果し得るだけの技能を有している。

かりに或る程度の技能低下が認められるとしても、それは被申請人が昭和三五年六月申請人を不当に解雇し、一年余の間申請人の出演を拒否してきたことに原因があり、また被申請人の技能が低下したのならまず申請人に対し技能向上のための努力をするよう注意を与えるのが使用者としての誠意ある態度というべきであるのに、右のような措置をとることなく突如として解約という生活の途を奪う処分をするが如きは明らかに解雇権の濫用であつて、右意思表示は無効といわねばならない。

三、以上のように右解約は無効であるところ、申請人は被申請人から受ける出演料(賃金)が唯一の収入であり、これにより入院中の母、義妹並びに妻子(子供四人)を養つているのであり、本案判決の確定を待つていては、回復することのできない損害を被るので、被申請人に対して本案判決確定に至るまで仮に被申請人雇傭の芸能員であることを定め、かつ芸能員として受けていた月四〇、六八一円の賃金を被申請人がその支払を停止した昭和三八年四月一日から本案確定の日まで毎月二八日限り支払うことを求めるため、本件仮処分申請に及んだものである。

被申請代理人は主文同旨の判決を求め、事実に対する答弁及びその主張を次のとおり述べた。

一、申請人主張事実中、被申請人が放送法第八条によつて設立された法人で、同法第九条所定の業務を行なつているものであること、申請人が昭和二四年四月専属契約に基づき広島放送管絃楽団の団員になつたこと、被申請人が昭和三八年一月三〇日申請人に対し、申請人の技能が著しく低下したとの理由で同年三月三一日限り解約する旨の意思表示をしたことは認める、申請人の組合活動については不知、その余の事実は否認する。

申請人の右解約の意思表示が不当労働行為あるいは解雇権の濫用であるとの主張、及び仮処分の必要性は争う。

二、被申請人が申請人と締結していた契約は回数出演契約であり、その法律的性格は委任ないし請負契約ないしは両者の混合した無名契約とみるべきであるところ、申請人は右契約を雇傭契約として、本件仮処分申請をなしており、右申請はその前提においてすでに失当というべきである。

三、申請人と被申請人間に昭和三七年四月一日締結された回数出演契約書第六条には、「甲(注、申請人)は乙(注、被申請人)の技能評価の実施を正当な理由なしに拒否しない」、同第八条第二項第一号には、「乙は次の事由がある場合には二か月の予告期間をおいて解約することができる。一、技能評価の結果、甲の技能が著しく低下した場合」と規定されているところ、被申請人は昭和三八年一月、右契約書の条項に基づき、申請人を含む昭和三七年度回数出演契約者全員に対して技能評価を行なつた結果、申請人の技能は著しく低下したと認められたので、前記契約書第八条第二項第一号に該当するものとしたのである。そして、右技能評価とは、日常技能評価と特別技能評価とを含むものであるが、技能評価委員は部内、部外の専門家であつて、技能審査方法は公正、妥当に行なわれたものである。よつて、被申請人は、昭和三八年三月三一日申請人に対し前記契約の解約をなしたものである。

四、本件仮処分申請は、その必要性を欠くものである。すなわち、申請人は、さきに広島地方裁判所に地位確認請求の訴(昭和三七年(ワ)第六六〇号)を提起しながら、昭和三九年二月二四日これを取下げている。また申請人は広島地方労働委員会に対して、本件解約につき救済申立をなし、現在、同委員会において審理中であり、主要事実の取調べはほとんど終了している。(疎明省略)

理由

申請人主張の事実中、被申請人が放送法第八条によつて設立された法人であること、申請人は昭和二四年四月被申請人と専属契約を締結し広島放送管絃楽団の団員となつたこと、被申請人が昭和三八年一月三〇日申請人に対し、申請人の技能が著しく低下したとの理由で同年三月三一日限り契約を解約する旨の意思表示をしたことは、当事者間に争いがない。

被申請人は、被申請人と回数出演契約を締結した申請人ら芸能員との間には雇傭契約がないと主張するので、まずこの点につき判断する。

成立に争いがない乙第一、二、三号証、証人木戸全一、鈴木達敏の各証言によると次の事実が一応認められる。

被申請人と申請人ら芸能員との放送出演契約は沿革的にはいわゆる専属出演契約、優先出演契約を経て現在の回数出演契約となつたものであるところ、専属契約において、芸能員は、その職務の特殊性による相違は別として一般職員と同様就業規則の適用を受け、通勤手当の支給、健康保険、失業保険等について一般職員と同様の取扱いを受ける反面、他社出演の自由はなく、典型的な雇傭契約の形をとつていたのであるが、優先及び回数出演契約においては、被申請人はこれを雇傭契約ではないとの立場から芸能員に対する就業規則の適用を排除するとともに、各種の労働法上の保護を剥奪して一般職員と差別し、一方芸能員は被申請人の許可を得ることなく他社出演その他の仕事をすることが可能となり、所得税についても芸能員の収入は事業所得として課税されている。

しかし、他面、回数出演契約においても、芸能員は契約に定められた年間の出演回数だけは出演できる保障を受ける反面、被申請人から出演を要請された場合にはこれに応ずる義務が課せられていて、いつでも被申請人の出演要請に応じうるよう待機せねばならず、他社出演は事実上制限されており、申請人の場合年間一六〇回の出演契約であつて、被申請人以外から収入を得るとしてもいわゆるアルバイト程度のものであり、この程度のものは専属出演契約のもとでも許されていたものである。さらに、各種出演契約の期限は一応一年間と定められてはいるが、病気その他特別の事情がない限り期間満了とともに契約は更新されるのが原則(申請人の場合昭和二四年から本件解約告知まで一三回更新)であり、契約料、出演料については各出演契約によつてその算出方法が異るが、その額も前者に比し著しく低額でなく、また支給最底額の保障(回数出演契約においては出演回数を保障)がなされていて生活給的要素を包含していることは否定しえない。

以上の事実を綜合判断すると、被申請人と申請人ら芸能員間の放送出演契約はその契約形態の変遷にかかわらず、被申請人が放送事業遂行上必要とする芸術的労働力を確保する手段であつて、芸能員は放送事業の組織の一部を組成するものであり、その意味においてその提供する芸術的労働は一般職員のそれと異なるところはなく、被申請人と芸能員間にはいわゆる使用従属関係を認めることができるというべく、申請人は労働組合法にいう労働者と認めるのが相当である。

被申請人が芸能員に対し各種労働法上の保護を剥奪していること、税法上の考慮から芸能員の所得が事業所得として課税されていること等から芸能員の労働者たる地位を否定するのは本末転倒の議論である。

そして、本件契約は期間満了しても更新されるのが原則であるから、更新拒絶は実質的には解雇であり、更新拒絶の意思表示が不当労働行為として無効となることもあり得るというべくこの点についての被申請人の主張は理由がない。

そこで、本件解雇が不当労働行為か否かを検討する。

成立に争いがない甲第一九号証、乙第三号証によると、申請人は本件出演契約において被申請人の行なう技能審査を拒み得ず被申請人は技能審査の結果申請人の技能が著しく低下したものと評価された場合には二ケ月の予告期間をおいて右契約を解約することができる旨定められている。そして、成立に争いがない甲第三八、三九号証、乙第六号証、証人佐田一彦の証言により成立が認められる乙第一九号証と右証言によると、被申請人の行なう技能評価は、特別技能評価と日常評価の二種類あるが、昭和三七年度の申請人に対する特別技能評価は昭和三八年一月一〇日広島中央放送局において実施され、その結果申請人は綜合点で「五九点=E=技能著しく低劣なもの」との評価を受け、また同年度の日常評価においても綜合点で「E=技能著しく低劣なもの」との評価を受けたことが疎明でき右に反する資料はない。

ところで、申請人は、右特別技能審査実施方法は不公正かつ技能を適確に判断できないような方法であつたと主張するのであるが、前掲各証拠と成立に争いがない乙第九ないし第一八号証によると、右審査における課題曲の選曲、実施方法、審査員の選任、技能評価について、不公正、不適当な点があつたとは認め難く、乙第一八号証(兎束龍夫作成の鑑定書)によると、右鑑定人もまた前記技能評価と同一の結論をだしていることからも、右評価に申請人主張の如き事由はなかつたと一応認められ、右に反する証人木戸全一、鈴木達敏の各証言は前掲各証拠に比し、にわかに措信し難く、甲第四四号証によつても右認定を覆し得ず、他に右認定を覆すに足る資料はない。

ところで、放送事業を営む被申請人は、労働契約等において特別の定めがあるばあいを除いて放送出演者として技能上不適格な者を放送出演から排除する自由を有するものというべきであり、右の自由を制限した労働契約等の存在することの疎明がない本件では、被申請人が前示技能評価の結果申請人との契約更新を拒んだのは相当というべきである。もつとも、前記契約条項中に「技能が著しく低下したとき」との語句があるが、右契約締結にあたり、特に当事者間において前年度の技能の評価との対比による相対的低下を意味することに限局してかかる表現を用いたものであるとの資料もないから、右は前示したところに徴し「技能が低劣で放送出演者として不適格な場合」という意味に解するのが相当である。

そうすると、被申請人は本件契約条項に基づいて申請人を二ケ月の予告期間をおいて解雇できるというべく、そして、以上説明したところと、弁論の全趣旨によれば、申請人に対する本件解雇は、右の不適格性を理由とするものであることが疎明でき、被申請人が申請人をその組合活動の故に嫌悪していたことと本件解雇の間に因果関係があることを疎明すべき資料はない。

そして、申請人の解雇権濫用の主張も以上説明したところにより理由がない。

以上のとおり、被申請人の申請人に対する解雇の意思表示にはこれを無効とすべき事由を認めることができないから、結局本件仮処分申請は被保全権利につき疎明がないことに帰し、その必要性につき判断するまでもなく理由がないから、これを却下することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 長谷川茂治 雑賀飛龍 河村直樹)

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